「親は胃ろうになって、口から何も食べていないから、歯磨きはしなくていいわよね?」
「うがいをするだけで十分じゃないかしら?」
介護の現場で、ご家族からこのような質問をいただくことがよくあります。
確かに、食事をしていないなら口の中に食べカスは残りません。「汚れる理由がないじゃないか」と思われるのも無理はありません。
しかし、結論から言うと、これは非常に危険な誤解です。
実は、口から食べていない方こそ、丁寧な「口腔ケア」が必要不可欠なのです。
今回は、なぜ胃ろうの方にも歯磨きが必要なのか、そして麻痺がある親御さんのケアをする際に絶対に守ってほしい「安全な姿勢」についてお話しします。
「食べていない」からこそ、口の中は汚れている
私たちは普段、食事を噛んで飲み込むことで、大量の唾液を出し、口の中の汚れを自然に洗い流しています。これを唾液の「自浄作用」と言います。
ところが、胃ろうなどで口から食事をしなくなると、この仕組みが働かなくなります。
- 噛まないので、唾液が出にくくなる(口が乾く)
- 自浄作用が働かず、口の中の細菌が繁殖し放題になる
- 新陳代謝で剥がれ落ちた粘膜(垢のようなもの)が溜まる
つまり、「使っていない部屋ほど埃がたまる」のと同じで、口の中は非常に不衛生な状態になりやすいのです。
ケアを怠ると「誤嚥性肺炎」の引き金に
最大のリスクは「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」です。
高齢者は、寝ている間に唾液を誤って気管に飲み込んでしまうことがよくあります。このとき、口の中が細菌だらけだと、その細菌ごと肺に入り込んでしまい、命に関わる重篤な肺炎を引き起こしてしまうのです。
「口から食べていないから大丈夫」ではなく、「食べていないからこそ、命を守るためにケアする」という意識を持つことが大切です。
麻痺がある場合の鉄則!「元気な側」を下に寝かせる
脳梗塞の後遺症などで、親御さんに「片麻痺(半身麻痺)」がある場合、ベッド上で口腔ケアをする時の「姿勢(向き)」には細心の注意が必要です。
絶対に守ってほしいルールは、「麻痺していない元気な側(健側)を『下』にする」ということです。
もし、動きの悪い「麻痺側」を下にして寝かせてしまうとどうなるでしょうか?
うがいやお掃除に使った水が、感覚の鈍い麻痺側の頬に溜まり込み、そのまま喉へと流れ込んで「誤嚥」してしまう危険性が非常に高くなります。
逆に、元気な側を下にすれば、水が溜まっても感覚があるので気づきやすく、ご自身の力で吐き出すことも容易になります。
これは食事介助の際にも共通する、誤嚥防止の基本ルールです。
唾液不足と入れ歯ケアのポイント
高齢になると唾液の量が減り、口の中が乾燥(ドライマウス)しやすくなります。乾燥は虫歯や歯周病の大敵であり、口臭の原因にもなります。
口腔ケアの際には、専用のスポンジや保湿ジェルを使って、口の中を湿らせたり、頬をマッサージしたりして刺激を与えることも、立派なリハビリになります。
入れ歯は「ヌメリ」を落とす
また、入れ歯(義歯)を使っている場合のお手入れも重要です。
「洗浄剤につけておけばOK」と思っていませんか?
入れ歯には、目に見えない細菌の膜(バイオフィルム)がこびりついています。これは洗浄剤だけでは落ちません。
食後や寝る前には必ず外し、入れ歯専用のブラシを使って、流水でゴシゴシと物理的に汚れを落とすようにしましょう。
まとめ:口腔ケアは「命のケア」
口腔ケアは、単にお口をサッパリさせるだけのエチケットではありません。
特に高齢の方にとっては、肺炎を防ぎ、命を守るための医療的なケアと同じくらい重要な意味を持っています。
「痛くない?」「気持ちいい?」と声をかけながら、口の中を清潔に保つこと。
それが、親御さんの健康と、穏やかな生活を守ることに直結しています。
