言葉も文化も違う国で、病気になり、体が不自由になる。
想像しただけでも、心細くて涙が出そうになりませんか?
今回のテーマは、ヨーロッパで生まれ育ち、日本で脳梗塞のリハビリをしているBさん(68歳女性)の事例です。
日本語が十分に理解できず、片麻痺がある彼女に対し、私たちはついこんな「親切心」を持ってしまいがちです。
「日本の生活に早く慣れてもらったほうがいい」
「日本語を覚えたほうが、みんなと仲良くなれる」
しかし、介護の現場において、この考え方は時に「暴力」になり得ます。
今回は、Bさんの「自分らしく暮らしたい」という願いを叶えるために、私たち家族や介護職が持つべき大切な視点についてお話しします。
「自分のペース」を奪うことは、生きる力を奪うこと
Bさんは、「これまでの生活様式を守り、自宅で自分のペースで食事ができるようになりたい」と願っています。
これは単なるワガママではありません。慣れない日本での生活の中で、彼女が唯一安心できる「アイデンティティ(自分らしさ)」の砦なのです。
ここで、「みんなと同じ時間にご飯を食べて」「布団で寝て」「日本語を話して」と強要することは、彼女から安心できる場所を奪い、心を追い詰めることになります。
介護の基本は「個別ケア」です。
「みんなと同じ」に合わせさせるのではなく、「その人がその人らしくあるために、環境の方を合わせる」ことが鉄則です。
『良かれと思って』やったことが、実は親御さんを苦しめているかもしれません。こちらの価値観を押し付けず、本人の『本当の願い』を見つけるための考え方はこちらです。

言葉が通じなくても「道具」で自立は支えられる
では、具体的にどう支援すればよいのでしょうか。
Bさんの最大の願いは「自分でご飯を食べること」です。
利き手が麻痺していても、便利な道具(自助具)を使えば、一人で食べることは可能です。
1. 片手でもすくいやすい「自助食器」
底が斜めになっていたり、縁がせり上がっていたりする「すくいやすいお皿」を使えば、片手でもスプーンで簡単に食べ物をすくうことができます。
また、お皿の下に「滑り止めマット」を敷くことで、食器が動くストレスも解消できます。
2. 持ちやすい「太柄スプーン」
麻痺で指先がうまく動かせない場合は、持ち手が太くなっているスプーンや、手首の角度に合わせて曲げられる「ユニバーサルスプーン」が有効です。
「自分で食べられた!」という自信が、リハビリへの意欲を大きく後押しします。
3. 言葉の壁を超える「翻訳アプリ」
日本語が苦手なBさんとのコミュニケーションには、スマホの「翻訳アプリ」が活躍します。
「痛いところはありませんか?」「今日は何が食べたいですか?」
母国語で話しかけてもらえるだけで、Bさんの心はどれほど救われるでしょうか。
最近は、介護現場専用の多言語翻訳ツールも開発されています。
記事に出てきた『すくいやすいお皿』とは、具体的にどのようなものでしょうか? 震えや麻痺があっても、こぼさず最後まで自分で食べられる『魔法のお皿』の秘密はこちらです。

文化の違いを尊重する「ベッドと椅子」
ヨーロッパ育ちのBさんにとって、畳に布団を敷いて寝起きするのは、身体的にも文化的にも大きな負担です。
慣れ親しんだ「ベッド」や「椅子」の生活環境を整えることは、贅沢ではなく、当たり前の配慮です。
自宅での生活を再開する際も、福祉用具レンタル(特殊寝台など)を活用して、Bさんが一番リラックスできる環境を作ることが、在宅復帰成功の鍵となります。
まとめ
介護とは、その人を「型にはめる」ことではありません。
その人が大切にしてきた文化や習慣を、パズルのピースのように丁寧に拾い集め、新しい生活の中に組み込んでいく作業です。
「日本ではこうだから」という言葉を飲み込み、「あなたはどうしたい?」と問いかける。
その優しさが、国境を超えて心を通わせる一番の近道です。
今回の事例の舞台となった『介護老人保健施設(老健)』とは、どのような場所なのでしょうか? リハビリをして自宅復帰を目指す、この施設の役割について詳しく知りたい方はこちら。

「郷に従え」ではなく「その人に合わせる」。これが介護のプロです。
Bさんの生活習慣や希望を尊重し、自助具を使って「食べる喜び」を支援する。この姿勢こそが、介護福祉士国家試験で問われる「利用者の尊厳の保持」です。
「文化の違いをどう乗り越える?」と考えさせられたあなた。ぜひ実際の試験問題で、その答えを確認してみてください。
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