「お母さん、また?」
「私は盗ってないってば!」
実家に帰るたび、あるいは日々の介護の中で、親御さんからこんな言葉を投げつけられていませんか?
「財布がない。あんたが隠したんでしょ?」
「大事な時計が盗まれた。ここには泥棒がいる!」
実の親から泥棒扱いされるのは、本当に辛く、腹が立つものです。「今まで尽くしてきたのに…」と涙が出てくることもあるでしょう。
ですが、どうか自分を責めないでください。そして、親御さんを責めないであげてください。
これは性格が悪くなったわけではなく、認知症の代表的な症状の一つ、「物盗られ妄想」の仕業なのです。
今回は、なぜ親は身近な人を疑うのか、その心理メカニズムと、興奮したその場を丸く収めるための「魔法の言葉」についてお話しします。
なぜ、一番お世話している人を疑うの?
「物盗られ妄想」のターゲットになるのは、ヘルパーさんやお嫁さん、そして一番献身的に介護している実の娘や息子であることが多いです。
なぜだか分かりますか?
それは、親御さんにとってあなたが「一番身近にいて、頼りにしている存在」だからです。
認知症で記憶力が落ちると、「自分で置いた場所」を忘れてしまいます。
「ない!」と気づいた時、親御さんはパニックになります。
「自分が忘れたなんて信じたくない」
「誰かが動かしたに違いない」
そうやって心のバランスを保つために、一番近くにいるあなたを犯人にしてしまうのです。
これは、「自分を守るための悲しい防衛本能」であり、あなたへの攻撃ではないのです。
物盗られ妄想の引き金は、「自分で置いたこと自体を忘れてしまう」という記憶のトラブルにあります。なぜ新しい記憶だけが消えてしまうのか、その脳の仕組みを知ると、少し許せる気持ちになれるかもしれません。

「否定」と「正論」は火に油を注ぐ
親御さんが「盗った!」と騒いだ時、やってはいけない対応が2つあります。
- 否定する: 「盗ってないよ!」「言いがかりはやめて」
- 事実を突きつける: 「さっき自分で引き出しに入れてたじゃない」「ほら、そこにあるでしょ」
これをやると、親御さんは「私の言うことを信じてくれない」「やっぱりバカにされている」と感じ、ますます興奮してしまいます。
論理的な説得は、残念ながら逆効果になることが多いのです。
敵ではなく「味方」になる魔法の言葉
では、どうすればいいのでしょうか。
正解は、「親御さんの不安な気持ちに寄り添い、味方になること」です。
魔法の言葉はこれです。
「それは心配だね。私も一緒に探すよ」
たとえ目の前に置いてあるのが見えていても、すぐには教えません。
「困ったねえ」「どこにいっちゃったんだろうね」と演技でもいいので共感し、一緒に探すフリをします。そして、見つけた時も「ほらあった!」ではなく、「あ、こんなところにあったよ!よかったねえ」と手渡します。
「一緒に探してくれた味方」になることで、親御さんの不安は安心感へと変わり、興奮は嘘のように収まります。
認知症ケアの極意は、否定せずに相手の世界に合わせる「名優(女優・俳優)」になることです。物盗られ妄想への対応と同じく、親御さんの不思議な言動を丸く収める「演技力」について、こちらも参考にしてください。

探し物合戦を終わらせる「便利グッズ」
とはいえ、毎回付き合うのは大変です。便利なツールを使って、トラブルを予防しましょう。
1. 音で知らせる「探し物発見器」
財布や鍵など、よく失くすものに「スマートタグ(探し物トラッカー)」をつけておきましょう。
スマホから操作して音を鳴らせば、「あ、音がするね」と一緒に探す演出が簡単にできます。
2. 安心させるための「ダミー」を用意する
「通帳がない!」と頻繁に騒ぐ場合は、本物は家族が預かり、親御さんの手元には「古い通帳(ダミー)」や「少額を入れたダミー財布」を置いておくのも一つの手です。
「ここにある」という安心感があれば、騒ぎは起きにくくなります。
3. 心の安定剤としての「ぬいぐるみ・人形」
不安が強い親御さんには、昔可愛がっていたペットに似た「ぬいぐるみ」や「赤ちゃんの人形」を渡してみるのも効果的です(ドールセラピー)。
「守るべきもの」が近くにあると、人は情緒が安定します。人形に話しかけることで、寂しさや不安が紛れることも多いのです。
まとめ
「盗った!」という言葉は、「不安でたまらないから助けて!」というSOSの裏返しです。
真っ向から戦わず、「そうか、不安なんだね」と受け流して、一緒に探すフリをする。
そのちょっとした「女優(俳優)」のような振る舞いが、あなたと親御さんの心を守ります。
親御さんがあなたを疑うのは、老いによる不安から自分を守ろうとする「防衛本能」の表れでもあります。攻撃的な言動の裏に隠された「プライド」と「弱さ」について、心理学の視点から紐解いてみませんか?

「一緒に探しませんか?」。この一言が、国家試験の正解です。
認知症の人が物を探しているとき、どう声をかけるべきか。介護のプロである介護福祉士の試験でも、まさにこの「共感と共同探索」の姿勢が問われています。
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