介護施設や自宅での食事中、認知症の親御さんが急にこんなことを言い出すことがあります。
「ごちそうさま。はい、お代です」
そう言って、小さく畳んだティッシュペーパーや、お菓子の包み紙を渡してくる。
初めてそんな場面に遭遇すると、家族としてはショックですよね。
「お母さん、ボケちゃったの? それはゴミでしょ!」
「家なんだからお金なんていらないよ!」
つい強い口調で否定してしまいがちですが、親御さんはキョトンとするか、あるいは「なんで受け取らないんだ!」と怒り出してしまうことも。
実はこの不可解な行動、親御さんの頭の中では「つじつまの合った正しい行動」なのです。
今回は、認知症の方が見ている不思議な世界と、家族がストレスなく付き合うための「演技力」についてお話しします。
親の頭の中では、そこは「レストラン」
なぜ、ティッシュをお金として渡してくるのでしょうか?
それは、親御さんの頭の中で、今いる場所が自宅や施設ではなく「レストランや食堂」に変換されているからです。
認知症により「場所」や「時間」の感覚(見当識)が曖昧になると、目の前に食事が運ばれてくる状況から、「ここは飲食店だ」と脳が判断してしまうことがあります。
つまり、親御さんはふざけているのではありません。
「外食をしたのだから、きちんとお金を払わなければならない」
という、長年培ってきた社会常識や真面目さが、その行動に表れているのです。
そう考えると、「無銭飲食はできない」という親御さんの律儀な性格が見えてきて、少し愛おしく思えませんか?
「否定」はNG。「店員役」になりきろう
ここで「それはティッシュ!」「お金じゃない!」と事実を突きつけるのは、親御さんの善意やプライドを踏みにじることになります。
「私はちゃんとお金を払おうとしたのに、なぜ怒られるんだ?」と混乱し、不穏な状態になってしまいます。
正解の対応は、「その世界に合わせて、役を演じること」です。
親御さんが「お客さん」になっているなら、あなたは「店員さん」になりきりましょう。
- 親: 「これでお勘定を(ティッシュを渡す)」
- あなた: 「(両手で受け取って)はい、ちょうど頂戴いたしました。いつもありがとうございます」
これだけでいいのです。
受け取ってもらえれば、親御さんは「あぁ、支払いが済んだ」と安心し、満足して食事を終えることができます。
受け取ったティッシュは、後で見えないところで処分すれば何の問題もありません。
「嘘をつく」のではなく「合わせる」優しさ
「親に嘘をつくようで心が痛む」という方もいるかもしれません。
しかし、これは相手を騙す嘘ではなく、相手の不安を取り除くための「ケアとしての演技」です。
真正面からぶつかってお互いに消耗するよりも、サラリと演技をしてその場を丸く収める。
介護においては、そんな「女優(俳優)」になるスキルが、あなた自身の心を守るためにも非常に重要です。
お金への執着が強い場合の「小道具」
もし頻繁にお金のやり取りが発生して困る場合は、演技を助ける小道具を用意するのも手です。
- おもちゃの紙幣: 子供銀行券などを財布に入れておいてもらう。
- 手作りの食券: 「うちは食券制だから、これを箱に入れてね」とルールを作る。
「お金がないと不安」という気持ちに寄り添い、安心できる材料を手元に置いてあげることで、落ち着くケースも多くあります。
まとめ
親御さんの突拍子もない言動には、必ずその人なりの「理由」と「世界」があります。
否定せず、訂正せず、「へぇ、今のあなたにはそう見えているのね」と乗っかってみる。
そんな遊び心を少しだけ持つことで、介護の景色は殺伐としたものから、温かいドラマへと変わるかもしれません。
「飲食店だと思って対応する」。これがプロの正解です。
認知症の方が見ている世界観を否定せず、そのストーリーに合わせて対応すること。これは専門用語で「バリデーション」などに通じる重要なケア技法であり、国家試験でも問われるポイントです。
「私、名優になれるかも?」と思ったあなた。ぜひ実際の試験問題で、その対応力を試してみてください。
👉 【挑戦!】介護福祉士の過去問を解いてみる
