夕方、空が暗くなり始める頃。
デイサービスや老人ホームから、「お母様が『家に帰る!』と興奮されていて…」という連絡が来て、胸が痛んだ経験はありませんか?
あるいは同居していても、夕方になるとソワソワして「ここは私の家じゃない、帰らせて」と荷物をまとめ始める。
いわゆる「夕暮れ症候群」や「帰宅願望」と呼ばれる症状です。
「もうここはあなたの家でしょ!」
「ご飯ならもうすぐ出てくるから座ってて!」
忙しい時間帯に騒がれると、つい強い口調で言い聞かせたり、ドアに鍵をかけたくなったりしてしまうかもしれません。
しかし、その対応は逆効果になることが多いのです。
今回は、認知症の親御さんが「帰りたがる」本当の理由と、その不安を「生きがい」に変えるプロの技についてお話しします。
「帰りたがる」のは、あなたへの愛があるから
なぜ、夕方になると帰りたくなるのでしょうか?
それは、親御さんの頭の中に「お母さんとしての役割」が強く残っているからです。
「もうすぐ子供たちが学校から帰ってくる」
「夫のために夕飯の支度をしなきゃ」
認知症で今の記憶は曖昧になっても、何十年も続けてきた「家族のためにご飯を作る」という習慣は、体の中に深く刻まれています。
つまり、「帰りたい」という言葉の裏には、「家族にお腹を空かせちゃいけない」という強い責任感と愛情があるのです。
それを「ボケたからだ」と片付けて、「座ってて!」と止めることは、親御さんの愛情やプライドを否定することになってしまいます。
『帰りたい』と言うのは、今いる場所がわからなくなっているからかもしれません。親御さんが感じている『見当識障害』という不安な世界について、理解を深めておきましょう。

「説得」よりも「出番」を作ろう
では、どうすれば落ち着いてもらえるのでしょうか。
正解は、否定することでも、薬で大人しくさせることでもありません。
「その責任感(役割)を果たせる場所を作ってあげること」です。
例えば、「夕飯を作らなきゃ」と焦っているお母さんには、こう声をかけてみてください。
「お母さん、ちょうどよかった! 今夜の準備、手伝ってくれない? 味見をしてほしいの」
そして、エプロンを渡してキッチンに招き入れます。
もちろん、火を使ったり包丁を持たせたりするのが危ない場合は、簡単な作業で構いません。
- 野菜を洗ってもらう
- テーブルを拭いてもらう
- お箸を並べてもらう
「私は今、夕飯の支度に参加している」。
その実感さえあれば、「帰らなきゃ」という焦りは消え、「役に立っている」という満足感に変わります。
お母さんが落ち着いたのは、単に気が紛れたからではありません。『自分はまだ役に立つ』という自信を取り戻したからです。この『力を引き出す』考え方について、もう少し深く知ってみませんか?

施設選びのポイントは「キッチンに入れるか」
もし、施設に入所している親御さんが帰宅願望で困っているなら、施設のスタッフに相談してみましょう。
良い施設(特にユニット型など)では、入所者の「生活歴」を大切にします。
「Aさんは料理が好きだったんですね。じゃあ、夕方の盛り付けを手伝ってもらいましょうか」
そうやって柔軟に対応してくれる施設なら、親御さんもきっと穏やかに過ごせるはずです。
逆に、「危ないから部屋にいてください」「薬を増やしましょう」と管理しようとする施設は、親御さんにとって居心地が悪い場所かもしれません。
まとめ
「帰りたい」は困った行動ではありません。
「私はまだ、誰かの役に立ちたいんだ」という心の叫びです。
そのエネルギーを「徘徊」に向かわせるのではなく、「お手伝い」に向けてもらう。
ほんの少しの工夫と「出番」の提供が、親御さんの夕暮れ時を穏やかな時間に変えてくれます。
帰宅願望と同じくらい家族を悩ませるのが『物盗られ妄想』です。こちらも『否定しない』ことが解決の鍵です。いざという時のために、魔法の言葉を覚えておきませんか?

「興奮する利用者に料理を手伝ってもらう」。これが介護の正解です。
一見、危なそうに見える対応ですが、本人の「得意なこと(生活歴)」を活かして不安を解消する、非常に専門的で理にかなったケア方法です。
「閉じ込める」「薬を使う」がなぜ間違いなのか。実際の試験問題を通して、プロの思考プロセスを体験してみませんか?
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