割り切れない強さと、割り切れない優しさの間で

介護の現場にいると、教科書の通りにはいかない、割り切れない葛藤に立ち会うことがよくあります。

本人の希望を叶えてあげたいけれど、それを支える家族の負担や不安を考えると、何が正解なのか分からなくなってしまう。そんな、当事者だからこそ抱える深い心のズレを優しく描いた、ある事例があります。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)という、少しずつ体の麻痺が進行していく病気と闘うAさんと、その奥様のお話です。

「最期まで家で」という覚悟と、「一日でも長く」という想い

Aさんは、「人工呼吸器はつけないで、最期まで自宅で生活したい」と周囲に自分の意思を伝えました。自分の尊厳を保ち、自分らしく人生を全うしたいという、強い覚悟が伝わってくる言葉です。

しかし、その言葉を隣で聞いていた奥様は、会議のあとにヘルパーへそっと本音を打ち明けます。

「夫にはなかなか言えないのですが、一日でも長く一緒にいたいので、私は人工呼吸器をつけてほしいと思っています」

この言葉に、胸が締め付けられるような思いがする現場の人間は少なくありません。

本人の「自分らしく生きたい」という自己決定は、もちろん何よりも尊重されるべきものです。けれど、愛する人に少しでも長く生きていてほしい、置いていかないでほしいと願う家族の思いもまた、決して否定できるものではありません。誰も悪くないからこそ、このズレはとても切なく、重いものです。

正論で片付けないという、専門職の優しさ

このような場面に出会ったとき、私たちケアに携わる人間は、つい「本人の意思が一番大切ですから」と正論を言ってしまいがちです。

ですが、一人で不安を抱え、悩んだ末に本音を話してくれた奥様に対して、「ご主人の意見を尊重しましょう」と突き放すような言い方は、奥様を深く傷つけ、孤立させてしまいます。かといって、奥様の意見だけに同調して、本人の意思を無視して人工呼吸器の装着を勧めるのも違うのは分かっています。

ここでヘルパーが提案した最も優しい関わり方は、とてもシンプルなものでした。

「Aさんとお互いの気持ちを話し合う時間をつくりませんか」

悩んでいる奥様の気持ちを受け止め、ご夫婦がそれぞれの本音を隠さずに、もう一度向き合えるような安心できる場を提案すること。それが、この状況で専門職としてできる、一番温かい橋渡しです。

答えを急がず、共に揺れるということ

ALSなどの進行性の病気における終末期の選択(人生会議 「アドバンス・ケア・プランニング」ACP)は、一度決めたら終わりというものではありません。病状が進むにつれて、本人の気持ちが変わることもあれば、家族の覚悟が変わることもあります。

大切なのは、誰か一人の意見で強引に答えを決めてしまうことではなく、お互いの「生きたい」と「生きてほしい」という地続きの想いを、何度も話し合いながら確かめていくプロセスそのものです。

私たち介護職の役割は、どちらか一方のジャッジを下すことではありません。

家族の間で生まれる綺麗事だけでは済まない葛藤から目を背けず、ご夫婦が後悔のない選択を進めていけるように、一番近い場所でその揺らぎに寄り添い続けることです。

今日も現場で、誰かの言葉にできない涙や、割り切れない想いを受け止めている皆さん。

皆さんがじっと耳を傾けるその時間は、孤立しそうな家族にとって本当に大きな救いになっています。

答えが出ない日があっても、一緒に悩む姿勢そのものが立派なケアです。まずは今日一日の頑張りを労わって、お互いゆっくりと夜を過ごしましょう。

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