仕事が終わって家に帰り、お気に入りの部屋着に着替えてホッと一息つく。
お休みの前日の夜には、「明日は目覚ましをかけずに、お昼前まで泥のように眠ろう」とワクワクする。
スーパーのスイーツコーナーで、期間限定のパフェと定番のプリン、どっちにしようか真剣に悩む。
私たちにとって、そんな毎日はあまりにも当たり前すぎて、わざわざありがたみを感じることなんてないかもしれません。
でも、もしある日突然、
「明日から朝は4時に全員一斉に起きてもらいます」
「恋愛や結婚は禁止です」
「あなたが着る服も、今日食べるものも、すべてこちらで決めます」
と言われたら、どうでしょうか。きっと、自分の心がじわじわと削られていくような、言葉にできない息苦しさを感じるはずです。
かつて、世界中の福祉の現場で、そんな管理が行き届いた日常が当たり前だった時代がありました。そこに一石を投じ、今のケアの土台を作ってくれたのが、北欧スウェーデンの思想家、ニイリエという人です。
彼が残したメッセージは、今も私たちの現場を優しく支えてくれています。
誰もが持っている、大切な暮らしのリズム
ニイリエは、人が人らしく、心地よく生きていくために絶対に奪われてはならない日常を「8つの原理」として語りました。難しい理屈ではなく、その中身は私たちの日常そのものです。
まずは、暮らしのベースにある時間の感覚。
朝の光を浴びて起き、夜は静かに眠るという「一日のリズム」。
平日は少しシャキッと働いて、週末はのんびり過ごすという「一週間のリズム」。
そして、春には桜を愛で、夏には太陽の匂いを感じ、冬にはコタツでぬくもるという「一年間のリズム」。
人は、この3つの毎日の「当たり前」が心地よく重なっているからこそ、「今、自分はここにいるんだ」と安心して生きていくことができます。
さらに、彼が大切にしたのは「自分で決めること」と「人を愛すること」でした。
何歳になっても子ども扱いされず、一人の大人として「今日は何を着ようか」「どちらを食べようか」と自分で選ぶこと。
誰かを素敵だなと思い、恋をして、大切な家族を作ること。
これらはすべて、特別なことでも、贅沢なことでもありません。障害があっても、認知症があっても、誰もが生まれながらに持っている当たり前の権利です。
私たちが毎日、現場でやっていること
今、介護の現場で働く皆さんが、日々の慌ただしさの中で何気なくやっていること。
「〇〇さん、今日はお天気がいいから、こちらの明るい上着にしませんか?」と声をかけること。
夕方、そわそわし始めた入居者様の隣に座って、「もうすぐ夕ご飯ですね。温かいお茶でも飲んで待ちましょうか」と、優しく夜へのグラデーションを作ってあげること。
週末にちょっとだけいつもと違うおやつを用意して、「今週もお疲れ様でした」と笑い合うこと。
これらは、単なる「業務」の一言で片付けられるものではありません。
施設という限られた環境の中で、入居者様の「毎日の当たりまえ」が狂ってしまわないように、皆さんがそっと指先で支えている、とても大切なケアです。
皆さんがそこでお茶を注ぎ、笑顔を向けるたびに、入居者様の中に「当たり前の、普通の日常」が戻ってきます。
予定通りにいかなくても、それもまた日常
仕事が思うようにいかない日や、慌ただしさに追われる日もあります。
一生懸命準備したレクリエーションが思うようにいかなかったり、入居者様の言葉にちょっと心が折れそうになったり。
でも、ガチガチのスケジュール通りに動かすことだけが正解ではありません。
バタバタと完璧なプログラムをこなすよりも、ちょっと肩の力を抜いて、「今日は良いお天気ですね」と一緒に外を眺めている時間のほうが、入居者様の心をどれほど穏やかにしてくれているか分かりません。
皆さんが守っているのは、入居者様の命だけでなく、その先にある「普通の暮らしの彩り」です。
誰かの当たり前を支える皆さんのケアが、今日も誰かの一日を温めています。まずは今夜、自分自身のこともたっぷりと労わって、美味しいものでも食べて、お互いゆっくり休みましょう。
