親の認知症が進行し、介護施設の入所費用を支払うために親名義の定期預金を解約しようと銀行の窓口へ行ったところ、「ご本人の意思確認ができないため、口座を凍結します。成年後見人をつけてください」と言われて初めてパニックになる。
これは、介護の現場や相談窓口で頻繁に目にする非常にリアルな光景です。
法定後見制度は、精神上の障害(認知症、知的障害、精神障害など)によって判断能力が不十分になった人を法的に保護し、支援するための民法上の仕組みです。家庭裁判所が選任した「成年後見人等」が、本人の利益を最優先に考え、本人に代わって契約を行ったり、財産を管理したりします。
まずは、どのような人がこの制度を利用できるのか、その対象者のルールから紐解いていきましょう。
1. 制度を利用できる対象者の条件と「3つの区分」
法定後見制度を利用するための基準は、年齢や身体的な障害の有無ではありません。最大の焦点は「判断能力がどの程度あるか」という点に絞られます。
判断能力が十分な人は利用できない
この制度はあくまで「判断能力が不十分になってしまった後」に、本人を保護するために発動するものです。したがって、現在まだ判断能力が十分にある人は、法定後見制度を利用して後見人をつけることはできません。
もし、「今は元気だけれど、将来認知症になったときのために自分で後見人を決めておきたい」という場合は、法定後見制度ではなく「任意後見制度」という別の仕組みを利用し、公証役場で事前に契約を結んでおく形になります。
年齢制限はない(65歳未満でも利用可能)
「介護保険のように65歳以上でないと使えないのではないか」という誤解がありますが、法定後見制度に年齢の下限や上限の規定はありません。
知的障害や精神障害のある方、あるいは若年性認知症を発症した方など、精神上の障害によって判断能力が不十分であれば、65歳未満であっても広く利用が可能です。
本人の状態に合わせた3つの区分
一口に「判断能力が不十分」と言っても、その程度は人によって異なります。法定後見制度では、本人の残された能力を最大限に尊重するため、症状の重さに応じて以下の3つの区分が設けられています。
- 後見(こうけん): 買い物などの日常的な事柄も自分では判断できず、常に誰かの支援が必要な状態。(判断能力を欠く常況)
- 保佐(ほさ): 日常の買い物はできるが、不動産の売買や自動車の購入など、重要な財産行為を一人で行うには不安がある状態。(判断能力が著しく不十分)
- 補助(ほじょ): 重要な財産行為を一人で行うことはできるかもしれないが、誰かに代わってもらったり、同意を得たりした方が安心な状態。(判断能力が不十分)
どの区分に当てはまるかは、主治医の診断書などをもとに、最終的に家庭裁判所が判断を下します。
2. 成年後見人の大きな2つの役割。財産管理と身上保護
家庭裁判所によって選任された成年後見人は、本人の生活を守るために絶大な権限を持ちます。その職務内容は、大きく分けて「財産管理」と「身上保護」の2つに集約されます。
財産管理(お金と資産を守る)
後見人は、本人の財産を正確に把握し、維持・管理する義務を負います。
具体的には、銀行口座の管理、年金の受領、生活費や入院費の支払い、不動産の管理や売却手続き、遺産分割協議への参加などです。「後見人は財産管理を行えない」と勘違いされることが稀にありますが、むしろ本人の財産を不正な流用や悪徳商法から守るための強力な財産管理権が法律で明確に認められています。
身上保護(契約によって生活環境を整える)
身上保護(身上監護)とは、本人が安心して暮らせるように、医療や介護に関する手続きを代行することです。
介護保険の申請、特別養護老人ホームなどの施設への入所契約、病院への入院手続きなどを本人に代わって行います。
ここで絶対に間違えてはいけない注意点があります。後見人が行う身上保護とは、あくまで「法的な契約行為」のことです。後見人自らが、本人の食事を作ったり、おむつを交換したり、入浴の介助をしたりする「事実行為(実際の身体介護)」は職務に含まれません。介護が必要な場合は、ヘルパーや施設と契約を結び、プロの手に委ねる環境を整えるのが後見人の役割です。
3. 誰が後見人になるのか?「法人」や専門職が選任される理由
制度を利用する際、ご家族が最も気にするのが「誰が後見人になるのか」という点です。「長男である自分が後見人になれるはずだ」と考えて申し立てを行うケースが多いですが、最終的に誰を選任するかは家庭裁判所の専権事項です。
親族以外の専門職が選任されるケースが増加
近年、本人の財産額が多い場合や、親族間で遺産相続などの対立がある場合、家庭裁判所は親族を後見人に選ばず、弁護士、司法書士、社会福祉士といった第三者の「専門職」を後見人に選任する傾向が強くなっています。親族による財産の使い込みや、感情的なトラブルを防ぐためです。
「法人」が後見人になる仕組み(法人後見)
また、民法では個人の専門職だけでなく、一般社団法人、NPO法人、社会福祉協議会などの「法人」を成年後見人に選任できると定めています。
個人が後見人になった場合、その後見人自身が高齢になったり病気で倒れたりすると、支援が途切れてしまうリスクがあります。法人が後見人になれば、組織として永続的かつ安定的に本人を支援できるため、非常に信頼性の高い受け皿として地域で機能しています。
4. 身寄りがない人を救うセーフティネット「市町村長申立て」
法定後見制度を利用するためには、家庭裁判所への「申立て」が必要です。原則として、申立てができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族などに限られています。
しかし、現代社会では独居高齢者が増加し、生涯未婚率も上昇しています。「身寄りが全くない」「親族はいるが、音信不通で誰も手続きに協力してくれない」という認知症の高齢者は、口座が凍結されたまま、あるいは悪質商法に狙われたまま放置されてしまうのでしょうか。
そうした事態を防ぐための強力なセーフティネットとして、老人福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法という福祉三法に基づく「市町村長申立て」という制度が用意されています。
親族等からの申立てが期待できず、本人の保護を図るために特に必要があると認められる場合、市区町村長が独自の権限で家庭裁判所に対して後見開始の審判を請求します。地域の民生委員や地域包括支援センターが本人の危機的状況を発見し、市町村の担当部署へ繋ぐことで、この市町村長申立てが発動し、身寄りのない方の命と財産が守られる仕組みになっています。
5. 制度を利用する前に知っておくべき「現実とデメリット」
法定後見制度は本人の権利を守る強力な制度ですが、一度利用を開始すると、ご家族の思い通りにはいかなくなる「縛り」も発生します。利用前には以下の現実を理解しておく必要があります。
- 途中でやめることは原則できない:「施設への入所契約が終わったから」「口座の凍結が解除されたから」という理由で、途中で後見制度を終了させることはできません。本人の判断能力が回復するか、お亡くなりになるまで、制度は一生涯続きます。
- 専門職への報酬(ランニングコスト)が発生する:弁護士や司法書士などの専門職が後見人に選任された場合、本人の財産から毎月一定の報酬(月額2万円〜6万円程度)を支払い続ける必要があります。
- 家族のための財産活用ができなくなる:後見人は「本人のため」にしか財産を使えません。「孫の教育資金として援助したい」「節税のためにアパートを建てたい」といった、家族の利益や節税目的での財産活用は、家庭裁判所から一切認められなくなります。
財産を守り、尊厳ある生活を最期まで支えるために
法定後見制度は、ご家族にとって使い勝手が悪く感じる側面があるのも事実です。しかし、本人の財産が第三者に奪われたり、詐欺の被害に遭ったり、必要な医療・介護サービスから遠ざけられたりするリスクを考えれば、これほど確実な防衛策はありません。
「判断能力が十分にあるうちは利用できない」
「年齢に関係なく、65歳未満でも利用できる」
「法人が後見人になることもでき、身寄りがなければ市町村長が動く」
これらの法的なルールと、財産管理の厳格さを正しく理解しておくことで、いざという時のパニックを回避できます。親の物忘れが気になり始めたら、慌てて口座のお金を動かそうとするのではなく、地域包括支援センターなどの専門窓口へ早めに相談し、後見制度を見据えた長期的なライフプランを組み立てていきましょう。
