高齢者施設において、感染症対策といえばインフルエンザやノロウイルス、新型コロナウイルスなどが真っ先に思い浮かびますが、もう一つ絶対に忘れてはならないのが「レジオネラ症(レジオネラ肺炎)」のリスクです。
レジオネラ菌は、健康な人であれば感染しても軽症で済むことが多いですが、免疫力が低下している施設の入所者が感染すると、急激に重症化して命に関わる肺炎を引き起こすリスクがあります。
「感染者の衣類や食器は別にして消毒すべきなのか」
「ドアノブなどの消毒はどこまで効果があるのか」
「24時間風呂や加湿器の管理で、絶対にやってはいけないこととは」
レジオネラ菌は、他の感染症とは「原因となる場所」も「感染するルート」も全く異なります。正しい知識を持たずに的外れな対策をしてしまうと、肝心な水回りで菌が爆発的に増殖し、重大な集団感染を招く原因になります。今回は、厚生労働省の指針に基づく正しいレジオネラ菌対策を詳しく解説します。
そもそもレジオネラ菌とは?他の感染症との決定的な違い
対策を正しく行うためには、まずレジオネラ菌の「性質」と「感染経路」を正確に理解しておく必要があります。ここが、インフルエンザや食中毒対策との最大の分岐点になります。
ヒトからヒトへは直接感染しない
レジオネラ症は、レジオネラ属菌に汚染された微細な水滴(エアロゾル)を、呼吸によって肺に吸い込むことで感染する呼吸器感染症です。
インフルエンザのように「感染した人の咳やくしゃみでうつる」ということはありませんし、ノロウイルスのようにおむつ交換やタオルの共有で「ヒトからヒトへ直接感染する」こともありません。そのため、感染した利用者の衣類を他の人のものと区別して熱湯で煮沸消毒するような、過度な対応は不要です。
経口感染(食べて感染する)もしない
レジオネラ菌は、汚染された食品を食べたり、水を飲んだりすることによる経口感染の危険性は極めて低いです。
したがって、「提供する食品の加熱調理を徹底する」というのは、ノロウイルスやO157といった食中毒対策としては正解ですが、レジオネラ菌の直接的な感染対策には該当しません。
ドアノブの消毒も優先度は低い
手袋の着用やドアノブ・手すりなどの高頻度接触面を次亜塩素酸ナトリウム液で拭く行為は、接触感染を防ぐために重要ですが、空気中の水滴を介して感染するレジオネラ菌に対しては、消毒の優先度は低くなります。
つまり、レジオネラ菌対策の本質は、ヒトや物へのアプローチではなく、「施設内の水回りの環境管理」そのものにあります。
施設で最も危険な場所。循環式浴槽(24時間風呂)の塩素消毒
介護施設でレジオネラ菌が最も増殖しやすく、集団感染の温床となりやすいのが、お湯を循環させてろ過・保温する「循環式浴槽(いわゆる24時間風呂)」です。
レジオネラ菌は、20℃〜50℃(特に36℃前後のお風呂の温度)の水中で最も活発に増殖します。さらに、配管の内部などに「バイオフィルム(生物膜)」と呼ばれるぬめりが発生すると、菌がその中で守られて爆発的に増えてしまいます。
厚生労働省の指針に基づく「塩素消毒」の基準
集団感染を防ぐための最も有効な対策は、厚生労働省の「レジオネラ症防止指針」に基づき、浴槽水の中の「遊離残留塩素濃度」を一定に保つよう塩素系薬剤を使用して消毒管理することです。
- 基準値: 浴槽水中の遊離残留塩素濃度を「1リットルあたり0.4ミリグラム程度」(1mg/Lを超えない範囲)に保つ。
現場のスタッフは、定期的に(毎日数回)浴槽の水をサンプリングして塩素濃度を測定し、基準値を下回っていないかを記録に残す必要があります。これに加え、定期的なお湯の全換水、ろ過器の逆洗浄や配管の消毒をルーティン化することが、施設を守る防衛策になります。
冬場に盲点となる「家庭用加湿器」のタンクの罠
お風呂と並んで、介護現場でレジオネラ菌の発生源となりやすいのが「加湿器」です。特に冬場の乾燥対策として各居室やフロアに設置する加湿器の取り扱いには、重大な落とし穴があります。
タンクの水を貯めたまま放置してはいけない
「水がまだ残っているから」という理由で、加湿器のタンクに古い水を継ぎ足しながら使い続けたり、数日間水を貯めたまま放置したりするのは絶対に厳禁です。
室温によって温まったタンク内の水は、レジオネラ菌にとって最高の繁殖場になります。特に、水を震わせて霧状にする「超音波式」の加湿器を汚れたまま使用すると、増殖したレジオネラ菌が細かい水滴(エアロゾル)となって室内に勢いよく飛散し、それを吸い込んだ利用者が集団感染する原因になります。
現場で徹底すべき加湿器の衛生管理
- タンク内の水は、毎日必ず一度完全に捨てて全換水する。
- 水を入れ替える際は、タンクの内側を清潔なスポンジなどで洗浄する。
- 定期的に内部を乾燥させ、取扱説明書に従ってクエン酸などで消毒・洗浄を行う。
- 新たに加湿器を導入する場合は、水を一度沸騰させて蒸気にする「スチーム式(加熱式)」を選ぶと、熱によって菌が死滅するため安全性が高くなります。
環境を管理する「水回りのリスクマネジメント」をチームの共通認識に
介護現場におけるレジオネラ菌対策は、職員個人の衛生意識を高めるだけでは達成できません。施設全体の設備をどう維持管理するかという「環境のリスクマネジメント」の視点が必要です。
- 毎日の浴槽の塩素濃度測定と記録
- 加湿器の毎日の水交換のチェックリスト化
- シャワーヘッドや給湯管の定期的な点検と洗浄
これらを、現場のケアの手間を言い訳にせず、業務システム(仕組み)の中にしっかりと組み込んでいくことが大切です。
「レジオネラ菌は水から増え、空気から吸い込んで感染する」という基本をスタッフ全員が共通認識として持ち、正しい場所(浴槽や加湿器)に対して正しい対策(塩素消毒と全換水)を徹底することで、利用者が安心して過ごせる安全な施設環境を維持していきましょう。
