介護職の吸引
介護の現場での「医療」と「介護」の線引きは難しいものです。
吸引の処置は、以前は介護職には許可されていませんでした。
しかし、痰が貯留し呼吸苦を呈す高齢者に対して手をこまねいて吸引を行わずにいることは、高齢者にも介護職にとっても辛いものです。
また、在宅で頻回な吸引が必要な高齢者に対しては、介護職が吸引できないとご家族の介護負担が軽減されません。
これらの背景から平成24年に始まった「喀痰吸引等制度」により、介護の現場でも条件を満たせば吸引が可能になりました。
施設や在宅で介護職が吸引を行うためには、研修受講後に都道府県から認定証の交付を受けることが必要です。
吸引の目的
吸引は、口腔・鼻腔内や気管内の痰などの貯留物を除去する目的で行われます。これによって、窒息や肺炎を予防したり、呼吸状態の改善に繋がります。
吸引は実施される側も楽な手技ではないため、実施する側としても心苦しいものです。しかし、適切なタイミングと手技で吸引を行わないと、生命の危機に関わる可能性もあります。
また、吸引後は呼吸が楽になる高齢者も多いため、正しい方法を習得して行ってください。
ここでは以上の理由から、口腔・鼻腔内吸引についての手順を確認していきます。
準備物品
必要な物品は、対象の高齢者に応じて準備してください。特に在宅療養の場などでは、臨機応変に自宅にあるもので物品を代用することが求められることがあります。
- 吸引器
- 吸引カテーテル
- 水
- アルコール綿
- 手袋
- マスク
- エプロン
口腔・鼻腔吸引までの手順
1.吸引前に、吸引瓶に100ml程度の水を入れます。アダプタを中央排管に差し込んで、吸引圧がかかることを確かめます。
※吸引瓶に7~8割まで排液が溜まっている時には破棄します。1日1回は吸引瓶を洗浄・消毒してください。
2.対象となる高齢者に、吸引の目的や方法、時間などを説明して同意を得ます。
3.手袋・マスク・エプロンを装着します。これらは双方が感染源になることを防ぐ目的があります。
4.吸引器のスイッチを入れます。吸引管の先端を指で閉じて、吸引圧を-20kPa(-150mmHg)程度に調整します。
※吸引圧が低いと痰を取り除くことができません。しかし高すぎると、気管内の粘膜を傷つけるリスクが高くなります。圧を上げる時は医療者の指示に従ってください。
5.吸引カテーテルを袋から取り出し、吸引管に接続します。口腔内吸引の時には先端から約10センチ、鼻腔内吸引の時には15~20センチのところを持ちます。
6.利き手にアルコール綿を持ちます。
※利き手にカテーテルとアルコール綿両方を持つため、アルコール綿は薬指・小指で掴み、親指・人差し指・中指でカテーテルを掴むようにするとよいでしょう。
吸引の実施とコツ
ここからは吸引の実施手順について説明します。
1.吸引カテーテルを利き手で持ち、水を吸って吸引できることを確認します。
※最初の水は、カテーテルと高齢者の口腔・鼻腔内との摩擦を減らし滑りをよくする目的もあります。しかし水が鼻腔内に入ってしまうと逆に苦しいため、水滴を少し払うか一度アルコール綿で拭き取り、カテーテルにはあまり付着していない状態にするとよいでしょう。
2.利き手の反対の親指で吸引カテーテルを折り曲げ、吸引圧をかけない状態にします。
3.吸引カテーテルを閉塞させたまま、高齢者の口腔・鼻腔内の目的の位置まで挿入します。
高齢者の体格にもよりますが、口腔内吸引の時には約7~8センチ、鼻腔内吸引の時には約15~20センチが目安です。
※高齢者の吸気に合わせて静かに挿入するとよいでしょう。口腔内吸引では口蓋垂を刺激すると嘔吐を誘発しやすいため、注意してください。
4.折り曲げていた指を離したら、カテーテルを回しながらゆっくり引き抜いていくようにします。
※一回の吸引時間は10~15秒以内にしてください。時間が長くなりすぎると、低酸素状態になる可能性があります。
5.カテーテルを抜いたら、外側の汚れを利き手に持っていたアルコール綿で除去します。アルコール綿でカテーテルを挟むようにし、根元から先端に向かって拭き取るとよいでしょう。
6.カテーテルに水を通し、内部を洗浄します。
※吸引が一度で足りない場合には、2から6までを繰り返します。
7.カテーテルを廃棄します。コスト面などの理由から、破棄せず保管容器に戻す場合もあります。吸引器のスイッチを切り、手袋・マスク・エプロンを外します。
8.吸引の実施や、痰の量・性状、呼吸状態を記録して終了します。
※吸引中に大量の出血や嘔吐がみられた時には、すぐに顔を横に向けて窒息や誤嚥を防ぎます。また呼吸状態などに変化があった時も、医療者に報告してください。
吸引を実施する際の悩み
あまり吸引の経験のない方から手技についてよく聞かれる悩みには、以下のようなものがあります。
- 吸引を行うタイミングがわからない
- カテーテルが気管ではなく食道に入ってしまった
- そもそもカテーテルが気管と食道のどちらに入っているのかわからない
吸引のタイミング
吸引は出血などのリスクを伴い、苦痛もあるため、むやみに行うものではありません。しかし回数が少なすぎても、貯留した痰により呼吸苦が続くことになります。顔色や呼吸状態、血圧や酸素飽和度などに応じて吸引を行ってください。コミュニケーションのとれる高齢者では、ご本人の訴えに合わせることも大切です。
また死期を直前に迎えると、咽頭や気管に唾液や痰が貯留し、ゴロゴロという音が聞こえることがあります。
これを死前喘鳴と言います。介護者からすると苦しそうに見えるため、吸引して除去してあげたい気持ちになります。
しかし、通常ターミナル期の高齢者では、吸引はあまり行いません。吸引の刺激でむしろ呼吸が止まってしまうことがあるからです。
もしも実施する場合には、医療者の指示があった時や、ご家族がリスクについて納得した上で依頼があった時に限り、カテーテルの挿入はごく軽く行ってください。
カテーテル挿入のコツ
カテーテルが気管と食道のどちらに挿入されたかについては、吸引物の形状で把握できることが多いです。
また、咳や呼吸の状態、挿入時の手ごたえでも判断できます。鼻腔からの吸引では、高齢者を肩枕ぎみにして頭部を少し後屈させ喉を伸展させるようにすると、気管に入りやすくなります。高齢者の吸気に合わせてカテーテルを挿入させると、気管に導かれることが多くなります。
しかしこれらのコツは経験によって身に付けるものであり、独自の「コツ」を持っている介護者が多くいます。
私自身、挿入時の手ごたえで気管と食道のどちらに入ったか判断できますが、その感覚を言葉にして伝えることはなかなか難しいものです。
最初は正しい知識を学ぶことに留意し、コツは徐々に習得していってもらうとよいと思います。