認知症の方の気持ちを少しでも理解する考え方

浜離宮の桜

認知症の記憶障害には認知症の行動・心理症状(BPSD)と深い関わりがあります。

以前は認知症の行動・心理症状(BPSD)ことを「問題行動」と呼んでいました。

これは、介護する側から見た視点で呼ばれていた言葉で認知症についてまだ理解が足りていない時に呼ばれていた言葉です。

今では認知症についての考え方も変わってきて、「わからない事もあるけど、わかることもたくさんある」と理解するようになってきました。

人は記憶を頼りに生活しています。

認知症の初期は単に「覚えられない」という事からはじまりますが、認知症が進行していくと「今まで覚えていたことを忘れてしまう」という事が起きてきます。

しかし、すべての事を忘れてしまうのではなく、忘れないで覚えていることもたくさんあります。
その、忘れてしまった・わかりにくくなった中で、自分なりに正しいと思うことをしている姿が普通の人からみたら違った行動に見えてしまうのです。

忘れてしまうから、今まで出来ていたことが出来なくなってきてしまうのです。

色々な考え方がある中で、認知症の行動を理解する一つの考え方を書いていきます。

まず、
廊下に放尿されてる認知症の方がいるとします。

普通に生活している人からしたらどう思うでしょう

認知症のことを知らずに、ふつうに生活しているのであれば、常識では考えられない、汚い、恥ずかしいなど
放尿する人の気持ちが理解出来ないと思います。

しかし、認知症の方は廊下に放尿する事に対して悪気もなく、ごくふつうの事だと思い、その場所で用を足されているのです。

私たちがトイレで用を足す気持ちと同じように、廊下で用を足されています。

認知症の方にとっては、用を足されている場所がトイレなんです。

全ての認知症の方がそう思って入るわけでは無いのですが、認知症の方の気持ちを知る上で、この放尿する認知症の方がどう思って、なにを考えてその場所で用を足したのか考えてみましょう。

認知症の方の性格まで踏まえて考えると分かりにくくなる部分があるので、
まずは簡単に認知症の方がどうして、放尿という行為をしたのか、認知症の症状だけをみて説明していきます。

認知症の方は脳の一部が何らかの原因で正常に機能しなくなり、記憶障害や見当識障害などの症状が現れます。

その結果、物を取られたと思い込んだり、徘徊をしたり等の症状が起こってきます。

まずこの認知症の方は、見当識障害や理解力・判断力の低下、失行等の症状があるのかもしれません。

この方の気持ちはこうだと予想します。

1 本来あるトイレの場所がわからない、トイレというものが認識できない

2 廊下の、ある場所がトイレだと思い込む

3 本人には恥ずかしいと思う気持ちが薄れてきている。周りの状況が気にならなくなっている。

4 本人には、”ここがトイレだから用を足すのは当たり前”とごく普通に用を足す。

この方が考えている中では、ごく当たり前のことだと思います。

なので

一般の人から見たら放尿という、常識から外れた行動でも、認知症の人は、これが常識だと思っているのです。

そんな中、放尿したことを指摘されると不穏になり、興奮されたり落ち込んだり気持ちが乱れてしまうこともあります。

認知症の症状によっては、気になされない方も見えますが、自分では間違った事をしたわけじゃないのに、指摘されたら誰でもいい気持ちはしないと思います。